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本来は、むしろ「そこに書かれてない外部のコンテキスト(その人のBackgroundとか)には依存しない」 「そのぶん、その場には、たっぷり書けるようになっている」のが、まとも(^^;な掲示板の姿だと思うんですが、
きちんとした議論を見知らぬ者の間でする場合、文脈(というか背景)非依存にするのは必須であり、そのためには語彙の定義や確認なんかも必要にならざるを得ないでしょう。ところが、/.Jでは説明もなしに各自勝手な背景に基づく用語を振り回すだけでなく、用語の確認をしようとするだけで「叩
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一つのことを行い、またそれをうまくやるプログラムを書け -- Malcolm Douglas McIlroy
不毛になりがちな議論 (スコア:2, 興味深い)
100% の勝利を目指しているところがありますよね。
論破するか、されるか、妥協の線がほとんどないような。
ネットでは当然相手の顔も見えませんし、所詮他人ですから、
相手を論破したつもりになったまま、勝利の気分に酔うことが
できてしまうのが恐いですね。
議論という行為の本来の目的である、「自分の主張を人に
伝え」「相手の主張を受け止める」の両方がおろそかになっている
ばかりか、「自分の意見が正しい」という狭い見識に甘んじる
性格が強まってしまうという副作用付き。
相手の主張を半分は受け止める。
残り半分は批判的に投げ返す。これだけは忘れたくないものです。
Re:不毛になりがちな議論 (スコア:1)
> 残り半分は批判的に投げ返す。これだけは忘れたくないものです。
御意
他人のコメントを話半分に読み、
そして「自分のコメントも話半分に読まれていると認識する」事が大切な気がします。
# 正面からガチンコ勝負しちゃいけません。
# 斜めに流せばよいのです
Re:不毛になりがちな議論 (スコア:1)
いると思うのですが、私の言いたいのはそうではありません。
内容を full heartedly に受け止めつつもそれに対して受動的にならず、
能動的かつ批判的(critical)に応答をするということです。
上記の意味で話半分にしか聞いてくれない人は、相手にしないか、
自分の説得が悪いのでさらに議論を詰めます。
議論をしていてつらくなることも多いですが、時として理系人間と
文系人間のように違う意見の人の議論がトンネル開通のように
つながるときがあって嬉しいですよ。朋在り遠方より来る、の境地で。
# 斜めに流す、というのは自分も他人をも尊重していない気が
# してしまうので、やらないですねえ。他人からは嫌われてしまいますが。
Re:不毛になりがちな議論(の例 (スコア:1)
「相手の言動を真実と受け止めない」というのに間違いはありませんが、「100%信じるわけではない」という意味です。「100%信じない」というわけではありません、程度の問題です。
短いコメントの中から発言者の意図を100%読み取るのは難しいと思います。なので、始めから半分程度しか捉えられないと考えてます。
> 上記の意味で話半分にしか聞いてくれない人は、相手にしないか、
> 自分の説得が悪いのでさらに議論を詰めます。
相手にしなければそれで終了するのではないでしょうか
何のために説得するのでしょう、それこそが不毛な議論の始まりではありませんか?
自分が納得したならそれで良いと思うのです。
説得しても、相手に意図がきちんと伝わるとは限りません。
> # 斜めに流す、というのは自分も他人をも尊重していない気が
> # してしまうので、やらないですねえ。他人からは嫌われてしまいますが。
1:1のやり取りなら話しは別ですが、/.でそれをやるとオフトピックで溢れかえりませんか?
/.における短くて限定的なコメントのみで真剣に向き合うのは不可能だと思いますよ
# と、このようにして不毛な議論は続いていく…
## もちろん、わざとですよ
Re:不毛になりがちな議論(の例 (スコア:1)
つまりスラドでは、議論のための議論もしない程度の不真面目な議論しか、しない/できない、と。
や、マヂでそう思っている(というか心配している)ので、G7。
どうにかしましょうよ、この状況を?(T_T)>All
余談:
最近俺が全然Activeじゃなかっ「たら」このトピが立った、という風に解釈して宜しいでしょうか?(笑)
Re:不毛になりがちな議論(の例 (スコア:1)
議論をする際には、お互いのバックグラウンド(考えや立場等)がある程度分かっていないと上手く議論できませんよね?
不要/不毛な議論の多くは、相手のバックグラウンドが分からない事から生じていると思うのです。
極端な例を挙げると「Mozillaはダメだな」という非常に短いコメントがあった場合
そのコメント主がどのような状況でそういう発言をしたのかが分からなければ、まともな議論も出来ません。
開発者だったり、愛用しているユーザだったり、大昔に使ったけどすぐやめちゃった人だったり、使った事も無い人だったり。
仮に開発者だとしても、今も現役で活動している人、パッチ投げたけど受け取ってもらえなかった人、既に一線を退いた人等々立場は様々です。
そして、どのような状況で発言されたかによって、続くコメントも大きく変わります。
スラドの限りあるコメントの中に、どのような状況からその発言が導き出されたのかという事を含めるのは不可能だと思います。
有名な人(?)ならば、過去の発言や、/.外の活動によりある程度はその人というものを把握する事は出来ますが、そうでない場合は非常に難しく、不毛な議論がその部分の調整を行う事に費やされてしまっているような気がします。
小規模のコミュニティにおける活動や、MLなんかだと相手のパーソナリティがある程度把握出来るのですが
/.は大きく、敷居も低いので。
# 別にAC批判じゃありませんが、AC故にこの点が問題になることも多いとは思います
もちろん、必ずしも不毛な議論とは思いませんが
現状を見ると「ストーリー内」にしか議論の場が用意されていない為
「○○というストーリーを語る場」においては不毛な議論(≒オフトピック)になっているのは否めません。
少なくとも私の場合は、
「議論をしてる当事者達にとっての良い議論」
よりも
「議論に直接関係の無い、ただストーリーを読んでるだけの第三者にとって良い議論」
を重要視してます。
事なかれ主義というわけではないのですが、ストーリーが時間軸にそって流れていくスラドにおいては、あまり好ましい事ではないと思います。
ストーリー以外にも議論の場があれば良いのですけどね。
# ぐちゃぐちゃな文章ですが、言いたい事は分かっていただけるのでは無いかと(^^;
Re:不毛になりがちな議論(の例 (スコア:1)
>スラドの限りあるコメントの中に
本来は、むしろ「そこに書かれてない外部のコンテキスト(その人のBackgroundとか)には依存しない」
「そのぶん、その場には、たっぷり書けるようになっている」のが、まとも(^^;な掲示板の姿
だと思うんですが、それに対してスラド方式は見事に後ろを向いてしまってますね…
そこが残念です。
>ぐちゃぐちゃな文章ですが、言いたい事は分かっていただけるのでは無いかと(^^;
まあなんとかなったかも(^^;
Re:不毛になりがちな議論(の例 (スコア:0)
きちんとした議論を見知らぬ者の間でする場合、文脈(というか背景)非依存にするのは必須であり、そのためには語彙の定義や確認なんかも必要にならざるを得ないでしょう。ところが、/.Jでは説明もなしに各自勝手な背景に基づく用語を振り回すだけでなく、用語の確認をしようとするだけで「叩
Re:不毛になりがちな議論(の例 (スコア:1)
個人的には、便乗質問が機能してないのが、残念すぎます(^^;
俺はともかくとしても、誰もそんな使い方をしてないんだよなあ。
技術指向のまともな人(^^;なら、ジャンルなんて細かく気にしないのが吉、であるはずなんだがなあ。
#そういや知人の自称芸術家??(ジャンルはさておき)は、芸術においてもソウだと言っていたような気が。
それこそ、細かい事気にしすぎ、な人が多いように感じます。
で、その細かさがどんな方向に向けられているかというと、他の人を指して
「お前ら細かい事気にしすぎ」と言う、という方向で(笑)。
>結局なぁなぁな雰囲気の中で
ふむ。このトピのどっか(読み返すの面倒だな)に、「スラドにゃ馴れ合いは無い」とか書いてあった
と思いますが、人対人の馴れ合いこそ表に出現してはいないものの、なんてゆーか
「人対構造」の馴れ合いとでもゆーべきもの(??)が、生じているような気はしています俺としては。
>まさしく。それでいながら「ここの読者ならそういうことはないでしょうが」とか「/.Jならではの高度な議論」とか、妙に
>勘違いした発言がしょっちゅう飛び出すのが見ていて実に痛々しい。
例えば自由ソフトが嫌いな人は、スラドでは地下(ソレは時としてAC)活動しかしてないんだろうな、
とは想像しています(笑)。
で、自由ソフトが好きかどうかと、(技術的に)高度かどうかとは、独立な問題なので(^^;、
俺も「スラドの人なら判ってくれるよね?」的な問い方をするときには、
高度かどうかではなく指向の有無という意味で、問うように気をつけています。
#あとジャンルの問題。技術について言えばOOP者やLisperっぽい人(少なくともそれを前面に出している人)は、あんまり居ないすね。
#そういう部分のほうが好きな俺としては、高度さ(^^;に直接触れる機会が尚更少ない、ってのも言えてます。
技術的高度さとか多様さという意味では、とてもじゃないが
(少なくとも俺が知ってる頃の)fjを馬鹿にできる状況には、スラドJは無いと思えてしまいます。残念。
Re:不毛になりがちな議論 (スコア:1)
>相手を論破したつもりになったまま、勝利の気分に酔うことが
ところで、顔が見えたら解決する問題なんでしょうか?
生身で討論会やったって同じ気分に酔えるでしょうし、
長年付き合いのある人(明日も顔を合わせる)が相手だとしても、
悲しいことに誤解がある(しかも誤解を長年引きずる(笑))事は結構有るよね。
というか、生身や長年の知り合いだったら「議論のための議論(と皆さんが称してるソレ)」が
生じないのでしょうか?
生じてるのに気付いてない(=誤解して良い気分に酔ってる(笑))だけってこと、無いですか?
相手に睨みをきかせることで、自分の言論の不味さを「補って」しまう人が居る、ってのが生身の痛い点です。
実は劣った議論だったのに、優れていたことにされてしまう。それは真の意味で非生産的な状態でしょう。
人から「立場」を切り離す事が議論にとって有意義なら、「顔」だって切り離したほうが有意義な筈です。
純粋に中身で勝負しようぜ。
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そりゃそうと、合意(や妥協…かな?)を見つけるのの上手下手は、また全然別の問題ですね。
また、合意すればいいというものでもないです。合意点なんかそもそも無い事柄を
(それと気付かずに)「議論」のネタにしてしまうこととかも有ります。
合意点が存在し得るかどうかは、実は人間様じゃなく「神様」にしか決められない、
という事柄は時々有ります。
#ソフトで飯食ってると、そういう状況に出会うこと、多いです(^^;
#技術的に確かな事柄しか正解じゃないのに、その場の合意で別の「正解」を得られる訳ないのにな。
##そういう偽正解に屈すると、後でバグに悩まされるハメになります。これが神による「バチ」だと思います。
合意すれば済む、というものではないですね。議論ってのは。勿論場合によりますが。