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「学力」とは何か? 340

ストーリー by wakatono
読んで字の如しじゃないのか? 部門より

Futaro 曰く、 "asahi.com この記事 によりますと、日教組の教育研究集会で「学力とはなにか?」という議論があって、これが参加者がてんでばらばらなことを言っていてまとまらなかった、とのこと。たしかに、いまや学力とは言っても、「学者」じゃない人が「ノーベル化学賞」取る時代です。学校の成績がよかったから、といって、大企業に入れたから、といって、リストラ対象にならない時代でもない。実際、アレゲ仕事の現場では、昔から学歴ばっか高くてまるで仕事のできないボケもたくさん見るしね。さて、/.Jのみなさまが考える「学力」とは?"

学力ってのは、読んで字の如しだと思っているのだけどなぁ…。なんか、元記事を読む限りは、あらゆることを「学力」の二文字に集約しようとしているように見えてならない。さて、みんなはどう感じてるかな?

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • 私の考える学力の定義 (スコア:4, すばらしい洞察)

    by Anonymous Coward on 2003年01月27日 10時33分 (#244233)
    「出会ったことのない問題に自力で対処する方法を生み出すことのできる能力」に必要な素地のこと。

    そういった、いわば基礎体力のようなものは学んでいても楽しくないものです。だからこそ、強制力が必要になるのだと考えます。それを「児童の自主性に任せる」だの何だの……。国を潰す気かと言いたい。
    • 学ぶ力 (スコア:2, すばらしい洞察)

      by Anonymous Coward on 2003年01月27日 11時59分 (#244301)
      文字通り「学ぶ力(ちから)」でいいのでは?

      学ぶ力の低い人ってたまにいますよね。

      ・何度教えても同じ事を聞いてくる人
      ・人から指示されないと動けない人
      ・失敗を繰り返す人
      ・人の話、意見を聞かない人

      自分がエリートだと思っている人で、これに該当する人はかなり多いと思う。
      親コメント
    • この上なく同意。

      「考える」には知識も必要。いまの教育を見ていると、知識を否定してまで独創性「のみ」を追っかけているようにも見える。「考えること」と「考えるために必要な知識」は教えるべきだと考えてます。
      親コメント
    • by SHNSK (10099) on 2003年01月27日 12時29分 (#244347)
      IQ の本来の意味もそんな感じでしたね
      親コメント
  • by take0m (4948) on 2003年01月27日 10時46分 (#244242) 日記
    学力とは学ぶ力。
    そのままやん・・・

    ようするに、ある人が単位時間当たりに習得できる知識や技能の量でしょうか。例えばテストの点数も学力。皆に同じ時間が与えられて、ある決まった科目の点数を競う訳ですから。

    もっと簡単に言うと、要領の良さとか、物分かりの良さとか、そんな感じなんじゃないのかなぁ。

    ですから、習得できないもの、例えばセンスとかは、学力には影響されない訳ですね。
    • by GSone (8994) on 2003年01月27日 11時01分 (#244256) 日記
      センスって先天的なもんじゃないと思うんです。
      「センスのいいもの」を見たり聞いたり感じたりすることを繰り返すことで
      センスが良いということがなんとなくわかってきて
      センスが良くなるんじゃないかと。

      >ある人が単位時間当たりに習得できる知識や技能の量

      たとえば1年間「センスのいいもの」を見たり聞いたり感じたりすること
      で、センスがちょっと良くなったとしたら、センスもまた学力に入るかも。
      親コメント
      • Re:センス (スコア:1, 参考になる)

        by Anonymous Coward on 2003年01月27日 12時24分 (#244341)
        >>センスが良いということがなんとなくわかってきて
        >>センスが良くなるんじゃないかと。

         それでも良いんだけど、あまりにも現在では効率が悪すぎます。
         ほんとに理解している人なら、センスとか言う曖昧な見せ方ではなく、根本の原理をピシッと教えれるんですけど。
        #こう言う人に出会うと、人生変わりますね。

         もちろん、学校の先生全員が担当教科範囲内を完璧に理解出来るかって問題はあるんだけど、自分がどこまで理解しているか理解できずに教えるってのは、先生も生徒もかわいそうなんだな。

         社会に出てからは、こうした根本をいかに効率良く洗い出せるかで、新しい技術や、理屈への対応速度が決まると思う。
         判らない所は、著名な人間の原書にあたれば良いんだし。

         実際、世の中に氾濫してるマニュアル本(すぐ使える~とか言うタイトルが多い)の内容なんて、内容がまったくなくて飽きれる。
         ちょっと原書の目次を辿るだけで、技術の骨格が理解出来るように書かれているのに、それすら出来ない人間ってかなしい。とか、言ってみるテスト。
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        • by L.Nizah (7804) on 2003年01月27日 13時06分 (#244386)
          > それでも良いんだけど、あまりにも現在では効率が悪すぎます。
          > ほんとに理解している人なら、センスとか言う曖昧な見せ方ではなく、根本の原理をピシッと教えれるんですけど。
          御意。

          しかし、「具象的な物事を抽象的な概念に昇華させる力」を身に付けることは他の分野にも役に立つのでは無いかと思います。
          # 苦労は買ってでもしろと言う事かな。

          メタの概念がある人とそうじゃない人の差は大きいと日々思います。

          「CはわかるんだけどJavaはちょっと」と言う人に対して
          「CもJavaも同じじゃん」と言う人
          効率的な学習が出来るのはどっちだろう
          # もちろん、セリフの局面によりますが(^^;
          親コメント
      • by Yu-sk (4021) on 2003年01月27日 12時46分 (#244365)
        センスが良くなるのではなくて、良くないセンスを、
        経験や知識、思考力といった「伸びるもの」で補強しているのではないですか?
        センスって、それを超越したものだと思うんですけど。
        #センスが無きゃだめといっているわけではなくて、
        #センスが無きゃ努力すべしということです。
        --
        Yu-sk
        親コメント
    • > 学力とは学ぶ力。
      > そのままやん・・・
      >
      > ようするに、ある人が単位時間当たりに習得できる知識や技能の量

      学ぶ力 と 修得した量 とは関係ないではありませんか。

      加えて、単位時間当りの量は 無意味ですね。小学生が 9x9 覚える速度と 10才を超えて 意味記憶よりエピソード記憶が優勢になった人では前者のが速い。また、小脳を通した技能の記憶では繰返した回数や期間、量で決まるから、単位時間の概念すら通用しない。
      親コメント
  • 本音の学力 (スコア:2, 興味深い)

    by saitoh (10803) on 2003年01月27日 11時01分 (#244257)
    通信簿の成績や入学試験の得点を高くする力が「学力」。 多くの父兄の本音はそうじゃないの。なかなか表だっては 言えないけど。
    • Re:本音の学力 (スコア:3, すばらしい洞察)

      by tomatsu (2545) on 2003年01月27日 12時04分 (#244308)
      逆かも?
      世間が「学力」と見なしているものが、(個人的に嫌いな表現だけど)一般常識で言うところの「学力」でしょう。
      かつてはそれが「通信簿の成績や入学試験の得点」が指標として用いられてきたから、「通信簿の成績や入学試験の得点」を高くする力が学力と思われてきた。そして、「通信簿の成績や入学試験の得点」が高いと、「幸せな将来」も約束されていた。(つまり、ほぼ矛盾はなかった)

      現在は、「通信簿の成績や入学試験の得点」が高くても「将来の幸せ」なんて保証されないし、たいした自慢にもならない(笑)。
      だから「(従来の評価手法による)通信簿の成績や入学試験の得点」=「(従来の)学力」に疑問が生まれているじゃないかな。
      親コメント
  • by arkas (10211) on 2003年01月27日 12時06分 (#244315) 日記
    「学」とは何かを定義せずに、学力を語る事は不可能です。
    せっかく/.なので、アレゲ人間にとっての「学」とは何か、考えてみましょう。

        例えば

    - VAXのブートローダのコードを暗唱している人
    - 何かのdumpを見て、読める人
    - 機器の仕様書無しでデバイスドライバを書ける人
    - 「S式」な人々

        なんかは私にとってアレゲ学修士以上です :-O
  • by j3259 (7093) on 2003年01月27日 14時40分 (#244460) ホームページ 日記
    学力とは何かって事になると、first post の AC氏 [srad.jp] の意見がまとまってると思いますが、そういう学力をいかに育むかってのが難しい所じゃないでしょうか。

    例えば、新しい理論や技術を生み出す土壌というのを考えると、
    0. 知の吸収と創造
      他の人も述べているとおり、基礎的な部分が無いとどうしようもない。あと、自分でトピックを探して本を読めるだけの忍耐と国語力(英語力の方が有用かな)。あと、教科書丸暗記だけじゃなくて、答えを自分で考え出せる能力。

    1. 知の多様性と寛容
      あと前提は現時点で金にならない分野への寛容と、色んなタイプの人間がいることへの寛容。全員詰め込みタイプとか全員独創(独走)タイプとか多様性が無い土壌ってのはちょっとした時代や環境の変化に適応できない。

    2. 知の協調と寛容
      色んなタイプの人間がいる時に、それぞれの知をいかに協調させるか、その方法を欠いてると意味がない。競争と点数だけが全てではなくて、知を他人に説明し、また他人の知を受け入れたり時には議論しあえる能力が必要。

    3. 知の工学
      合成された知をいかに現実社会に応用させるかという工学的な視点も大切。もっと言うと、その技術を社会に受け入れられる形で分かりやすく提供してビジネスにしていく野心とそれを受け入れられる環境。

    僕は専門家じゃないので、素人考えですが、多様性への寛容などは必須だと思います。で、行き着くのは個という概念の形成になって、そういうことをすると困る人も多いのかもしれません。
    # 社員が肩書きで呼び合っているうちは知も個も無いと思うのは僕だけかな。

    で、どうするの?って思うんですが、やる事多すぎて「ゆとり」とか言ってる暇無いような気がするんだよな。毎日塾行って、週末も古代日本史を意味も無く暗記したり、数学ばっかりやってて、学力に一番大切な好奇心ってのを育む暇も無いってのはアホすぎるとしか言いようがないけどね。

  • 「言葉にこだわるのではなく大切なのは中身だ」と断ったうえで、学力に代わるものとして「人間として社会の中でよりよく生きようとする力」を意味する「人間力」という考え方を紹介した。
    言葉にこだわる必要がないというのなら、わざわざ新しい言葉を作って説明する必要ないんじゃないかと。
    この人が一番言葉にこだわってるんじゃ?
    • 以前、なぜ「よりよく生きようとする力」という概念が
      教育に必要となってきたのか?ということについて
      聞いたことがあります。

      「かつては、勉強して、進学して、就職して、働いて、
      生活して、結婚して、子供ができてといったような
      幸せを普通の人が普通にしていれば誰でも享受できていた。
      国もそれを保障する事ができていた。しかし今ではそれが
      できなくなった。そこで個々人で「幸せを見つける力」(=よりよく
      生きようとする力?)というのを教育で教える必要性
      というのがでてきた」

      いわれてみてなるほどと思った私は教育学部・・・

      価値観の多様化した現在、普遍的な幸せというのも
      また定義しづらいと思います。

      「幸せの形もまた、人の数ほど存在する」
      親コメント
    • 言葉に拘ってしまう人の意見として読んでください。

      まず、辞書的な意味だけが言葉の意味ではないのは当然ですが、「学力」という言葉そのものには「系統的な学習によって獲得した能力」という辞書的な意味があります。
      http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?t=o&d=all&p=学力
      それに対して、この元記事は「学校で身に付けるべき能力」として使っているように思います。このような二次的用法を強調した結果として、語義を離れた議論が行われている場合には新しい言葉の定義も有効だと思います。

      #ただし、この「人間力」という言葉とその定義は字義との関連が薄く、各自にとって都合の良い読み方ができるものになっています。#その点で「学力」よりも議論を混乱させる可能性が高い造語なのですが、それ自体は論点との関係がありませんね。

      しかし、そもそも「(単語)とは何か」という形式での議論では論理的な反駁が不可能ですから、各自が標語や警句に似た題目を挙げるだけになりがちです。せめて、「学校教育に期待されている役割は何か」や「教員に不足している技能は何か」等、個別の意見を検討できる議論をしませんか。
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    • by Anonymous Coward on 2003年01月27日 11時35分 (#244283)
      「学力」の定義ということで、言葉にこだわっているように見えるけど、 じつはその中身についてみんな違うことを考えてるから、 そこを議論しましょう、ということだと思います。 もし仮に言葉だけが問題なのなら、みんな同じ「学力」という 言葉を使ってる(という点についてみんなが一致している)のだから、 なにも議論する必要はないはず。

      つまり、「学力」の定義について議論することは、 じつは中身を議論することなんです。 で、それをせずに新しい言葉を考案することは、 まさしくご指摘の通り、中身を議論せずに言葉だけの議論をすること になってしまいます。

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  • by moonbear (4602) on 2003年01月27日 11時08分 (#244262)
    日教組のページ [jtu-net.or.jp]によると、シンポジウムの様子を動画配信してくれるそうです。期待しましょう。
  • 少なくとも、学歴=学力でないことだけは確かですな

    もっとも、学力そのものの定義なんぞ、もともと決まってもいないわけですがね

    測定法や測定者によって定義なんぞ、いくらでも変動するわけで

    ま、死ぬ直前になって、そいつが成功してたのなら、妥当な能力を持っていたと定義していいのではないかと?
    • by take0m (4948) on 2003年01月27日 12時20分 (#244333) 日記
      仕事柄、いわゆる高学歴の人と、そうではない人を比較できる事が多いのですが、何かのルーチンワークをしてもらおうとお願いをする際の説明に要する時間は、確率的に学歴と相関があるように思えます。そしてその作業を完了するまでに要する時間も相関があるように思えます。

      それも学力の定義によりますが、学歴を得るためにある種の能力が必要ということは言えるのではないでしょうか。もちろん確率的にですけど・・・
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      • by YF19 (12943) on 2003年01月27日 12時50分 (#244370) 日記
        まぁ、別に学歴にはそれほど関心はないんですが(学歴を指標にしたいのなら、どうぞご勝手にという立場なので)、周囲の大卒と高卒とかを見比べてみて、作業能力にそれほど大差はないかと?

        まぁ、いずれにしても、入社後、努力できる人と、学歴にしがみついて、先に進めない人とでは、差が出るのでないかと?

        個人的には、途中経過(学歴や会社とか)なんぞ、どうでもいいから、死ぬ直前の最終結果が上々なら不満はないんですけどね
        (死んだ後、周囲に惜しまれるのなら、低学歴でも構わないかなぁ、つか逆にそうありたいものだと思う。従兄弟が自殺した時、葬儀にたくさん人が集まって泣いてるの見て、よけいにそう思った。ま、私の場合は誰も泣かないだろうけど)
        親コメント
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